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「ハァ、ハァ、ハァ…」
「クソ…眠れない…!」
運良く霧の迷宮から生還した男。
しかし、ミノタウロスを食したことによって体内に蓄えた大量のサイロイド・エナジーは、確実に男の体を蝕んでいった。
休んでいる間も体中の臓器は全速力で活動を続け、回復させるべき体力を根こそぎ奪っていった。
息が切れ、脈は激しく鼓動し、汗が止まらない。
食したものは急速に分解され、もはや1分1秒の単位で男の脂肪を削り取っていく。
「ま、まだ食べるの…? ごめんなさい…、今のでうちにある食料は全部よ」
「そ、そうか…」
「明日朝一番で町へ出て何か買ってくるわ。 もし足りないようなら近所の人に分けてもらってくるけど……」
「な、何いってる、"ガキ"じゃねぇんだ。 一晩くらい待てるよ」
「……」
「腹ガ……、減ッタ……」
足に力が入らず、亡者のようにゆらゆらとした不安定な足取りで歩く。
「く、食い物……。 食い物は何処だ……」
「食い物……」
男の視界に穏やかな吐息を立てて眠りについている少女が映った。
一瞬、息を呑む。
脳裏に蘇るのは、迷宮での"食事"。
−銀のスプーンで抉り出せば−
「……」
視界がぼやけ、意識が朦朧としてくる。
まともな思考が働かず、無意識に眠っている少女に近付いていった。
その獣のように輝く眼光は、少女の細い首元を捉えていた。
背後からそっと近付き、首筋に口付けをするように牙を向ける。
「ん……。 フリード……?」
「……」
「きゃあ!」
目を覚ました少女は男の形相に驚き、悲鳴と同時に思わず男を突き飛ばした。
「……ア……アリーセ……」
男の喉下から、絞り出すような声が響く。
「フリード……! ど、どうしたの?!」
「ウウ……ウ……」
男は苦悩に満ちた表情で、頭を抱えた。
僅かに残った理性で、湧き上がる欲望を必死に抑えようとする。
途端、背後の階段を転げ落ちるように降り、覚束ない足取りで家具や壁にぶつかりながらも出口の扉へ向かっていった。
「ま、待って! 一体どうしたというの、フリード!」
少女は叫ぶが、男には聞こえていないのか、そのまま外へ出て行ってしまった。
今のは本当に自分の恋人なのだろうか?
まるで悪霊でも乗り移ったかのようなその様は、先ほどまで楽しく話していたフリード本人とは全くの別物のように思えた。
旅先で何かあったのだ。
それしか考えられない。
一目散に階段を駆け下り、彼の後を追い外へ飛び出した。
「フリード……!」
男の姿はすでに見当たらない。
何処か遠くへ行ってしまったのだろうか?
辺りを見回しながら注意深く彼の姿を探す。
あの彼の様子から考えると、突然襲われる事も想像できないわけではなかったが、自らの危険よりも一体彼の身に何が起こったのか、そして彼がどうなってしまったのか確認せずにはいられなかった。
耳を澄ますと、そう遠くない場所から複数の馬が騒いでいる声が聞こえる。
酷く怯えているような、そんな声だった。
「?!」
「やめろ……! やめるんだ、フリード……!」
むせ返る血の匂いの中、何かを無心で食べる男。
それは紛れも無い、目の前にいる馬の肉だった。
恐らく男が殺したと思われる馬の死体から、その肉を素手で抉り出し次々と自らの口に運んでいる。
「シャアアア……」
「……?!」
鬼の形相に思わず凍りつく。
「ま、待って、フリード……!」
男は少女の視線に気付くと逃げるように走り出し、柵を超えて森へと入っていった。
「フリード!!」
「待て! 追ってはならん!」
「村長……!」
「フリード……あの愚か者め。 あれ程禁じておったというのに……」
「霧の迷宮へ行きおったな」
「霧の……迷宮?」
