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Mr. Darkness & Mrs. Moonlight 特別編 〜闇と月〜
満月に照らされた雪山の城。
1年中降り続けるはずの雪は、その日は降っていなかった。
月が、よく見える。

城の北西の塔に男が一人。
そこは最も月が良く見える場所であり、男が最も好きな場所だった。

「ムーンライト…」
呟く言葉は過去に失った恋人の名。
その言葉は夜風と共に闇に消えていく。

「まだ、月を眺めているのね」

「君は…」


「お久しぶりね、坊や。 1000年前に会って以来かしら?」

「フフフ、やめてくれないか。 1000年もの月日を生きた僕に向かって、坊やはないんじゃないかな」

「…そうだったわね。 あなたは悠久の時の流れを誰よりも長く見つめてきた人。 ごめんなさい、 訂正するわ」

「生まれたての子豚ちゃん」

「・・・!」
その言葉は自らの存在が人を超越したものだと誇示しているように聞こえた。
だが女が空から舞い降りた時点で、男はそれを理解していた。
そして女の力によって己が人を超え、人外の存在となる事も。

「今更何をしに来たんだい? 生憎僕は忙しいんだよ。 君に掛けられた呪いを解く方法を探すために、城を発たなければならない」

「僕の命を弄ぶつもりなら…、すでに目的は達成されたはずだよ」

「…酷い言い草ね。 私はただあなたの願いを叶えてあげたかっただけなのに」
「…そうだね。 確かに君は僕の願いを叶えてくれた。 でもこうなることは知っていたんだろう?」
「いいえ。 私が一人の人間に干渉したのはこれが始めて。 どうなるかなんて想像も付かなかったわ」
「…とても信じられないけど、今更どうでもいいことだ。 あの時は僕自身、本気で不死身を願った事は確かだし、君の甘い言葉に乗せられて懇願したのも確かだ」

「あなたを放って置けなかったの。 捨てられた子犬のような弱弱しい眼差しで、今にも押しつぶされそうなほどの悲しみに暮れるあなたを」

「それにあなたはとても美しい。 今まで見てきた誰よりも…」
「…ふん」


「あなたが朽ちていく姿なんて見たくない。 純粋な乙女心よ、分かってもらえるかしら」
「…分からないね。 いたずらにしては少々行き過ぎだと思うけど」

「念のために聞くけど…、この不死身の呪いを解除する事は?」

「私はEros。 生かすことは出来ても殺す事はできないわ。 もちろん呪術的な意味でね。 物理的には可能だけど、不死身のあなたにはそれも出来ない」
「…そうか」

「ならば君に用はない。 悪いけど、僕はもう行くよ」

「分からないわ。 何故あなたはそこまで彼女を求めるのかしら?」

「彼女は無情にもあなたを置き去りにして、一人で勝手に逝ってしまった。 あなたは彼女に幸せを奪われたのよ」

「でも私ならそんな酷い事はしない。 この先1000年でも2000年でも、未来永劫あなたと一緒にいてあげる。 何なら彼女の記憶を消してあげてもいいわ。 あなたの苦しみの根源である彼女の記憶を消してしまえば、あなたは全ての苦しみから解放される」

「いい加減にしてくれたまえ。 僕にとってはムーンライトが全て。 生きている限りはムーンライトを想い続け、そしてムーンライトの想いを胸に朽ち果てる。 いかに苦しくとも記憶を消すなんて問題外だよ」

「だったら…、私をムーンライトだと思えばいいわ」

「……」
「あなたが私をムーンライトだと思えば、それがあなたの真実となる」

「あなたが今までしてきたように…」

「……」
一瞬、男の瞳が光を帯びる。
狂気に溺れ、少女たちを否応なく誘拐し、そしてムーンライトに仕立て上げた時と同じ、銀白色に輝く冷たい瞳。
だがそれも一瞬。
男は邪念を振り払うように頭を左右に振ると、女を強く見据えた。

「君と彼女では違いすぎる。 少なくとも、彼女は…、ムーンライトは君のように冷たく、凍て付くような瞳ではない。 それに…」


「失礼するよ。 僕は行かなければならない」

「月を探しに」


1000年もの間、自らの殻に閉じこもっていた男が今、自らの足で歩き始めた。
狂気を抱えたまま不死身となり、その時を止めたはずの心が、俄かに動き出そうとしている。
それは死へ近づく行為。
誰もが羨む不死身の力を手に入れた男は、誰もが避けたいと願う死を、頑なまでに切望している。
「あーあ、フラれちゃった」
それは彼女への愛?
それとも、


死を導く者の干渉?

彼に襲い掛かるのは蛮族や危険なモンスターではなく、押しつぶされそうな不安と、湧き上がる妄執の念、そして他人に見るムーンライトの幻想。
それは決して男の心から消える事のない心の闇。

男はその闇を強靭な自我で振り払い、なおも前進する。
時折、月を仰ぎながら。

男は自らの狂気と戦いながらも、決して歩みを止めることはないだろう。
月の光が、男を照らす限り。

老いるのは嫌かい?
死ぬのが怖いかい?
不死身の力が欲しいかい?

「残念だ…。 それじゃ──」
もし当てはまるなら、僕は一言こう言わせてもらうよ。

「身も心もとろけるようなアブサンを、一杯…」
それはやめておいた方がいい。
どんなに上等なワインでも、安物のワインと同じになるよ。
ワイン以上に、この世界に寝かされているとね。
To be continued From "Darker than Darkness" To "仮想満月".
